ダイエットを続けられる人、続けられない人の決定的な違いとは?

こんにちは。管理栄養士の芽生です。

ダイエットしよう!、糖尿病の食事療法をちゃんとやっていこう!など、食事や生活スタイルを変えて行いうと思って意気込んでも、結局三日坊主ということはありませんか?

私は、年間何人もの患者さんを見てきて、「あー、この人続けられなそうだなー」と思う共通点があります。

 

結論から言うと、目標が「誰かの喜んだ姿のために」になっているかどうかです。

 

自分のための目標は長続きしない

例えば、「痩せて綺麗になって彼氏が欲しい」とか「やらないともっと病気が悪化して自分が苦しい」と思っているような人は、行動を変える動機が自分目線になっているんですね。

「綺麗になったら自分に彼氏が出来る」、「病気が悪くなったら自分が困る」。自分に向いた目標は甘くなりやすいです。困るのは自分だけだからです。ちょっと羽目を外したからって誰の迷惑にもなりませんし、誰にも咎められません。

 

逆に、ダイエットや食事療法を継続できる人って、「彼氏(将来のでもいいけど)のために、綺麗でいたいし、綺麗になった姿を見せて喜んで欲しい。」、「家族のために、自分が健康を維持していきたい。」という「誰かが喜んだ姿のために」という気持ちが強い人が多いです。
自分が変わることで喜ぶ人の姿を想像するとわくわくしませんか?もちろん妄想でも!

これって子どものときの感覚に似てるのかなと思っていて、小さい頃って「どうやったらお母さんが喜んでくれるんだろう?」とかって考えて行動するのと似てて、好きな人のためになら頑張れるってことなんだろうなと思っています。

 

誰かのためには結局自分のためにに戻ってくる

上の例でいくと

 綺麗になって相手を喜ばせたい ⇒ 好きな人が喜ぶ ⇒ 自分も嬉しい

 健康維持出来て家族も安心 ⇒ 家族との時間を楽しめる ⇒ 自分も幸せ

「誰かのため」っていうのは、巡り巡ると自分のためなんですね。

 

誰かのためには、目標に対して恐怖心ではなく探究心が生まれる

私が中学のとき、薬の副作用もあってすごく太ってしまったときがあって、標準体重だったのに1ヶ月で-7 kg落とした経験があります。これは絶対おすすめしませんが、このとき私を駆り立てていたものは「恐怖心」でした。自分が馬鹿にされないために体重を戻さなきゃ(結果的には元の体重より大分減りました)という恐怖に駆られて、今では絶対しないようなダイエットをしていました。こんな生活は全く幸せとは程遠いです。

一方、家族や周囲の人のために食事を変えようという方は、勉強熱心な方が多いです。もちろん、私へも沢山質問をくれます。自分の身体を自分だけのものとは捉えず、喜んでくれる人との共有物だと捉えているような感覚を受けます。私は常にこんな方をサポートしていきたいと思っています。

 

まとめ

「自分のため」の目標ではなく「誰かの喜んだ姿のため」っていうのを挟むだけで、何でも続けられる。

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